morI mamIとの出会いは2002年頃。自分がFlying Kidsの浜崎貴司さんのソロアルバムに参加させてもらった時でした。
そのアルバムでスクラッチする時に、女性の声を使ってスクラッチしたらイイんじゃないかとなり、スタジオに現れたのがmorI mamIでした。実はヤマヒロに出会ったのもこの頃なんです。
そこから3年経った2005年に我がイーストエンドの3rdアルバム『Threee』を製作している時に、ヤマヒロにベースを依頼して、他の曲で女性ヴォーカルを探している事を伝えると、『浜崎貴司さんの時のmorI mamIさんって覚えてます?』と。そりゃ〜もちろん覚えていましたよ。そして『Left & Right』と『Eのに』って2曲に参加してもらいました。
ちょうど1stアルバム『Plum Red』の頃です。
翌年2006年の2ndアルバム『Sunrise ∞ Sunset』のリリースパーティーのお誘いを受け、『もちろん行きます!あと良かったらオープニングDJでもやりましょうか?』と直談判して、オープンからライヴ前の時間を静かに暖めていく演出をさせて頂きました。
この日に馬谷勇、コバヤシケンに出会います。
同じ年のVINTAGE☆jamVol:01、2007年のVINTAGE☆jamVol:02にも自分の今のスタイルとなる、指ドラムで参加させてもらいました。M-3で参加しているCHANNELのアルバム『1gの幸せ』でもコーラスを入れてもらい、そのアルバムがリリースされて少し経った頃…。
2008年の春前位、3rdアルバム『7scale』の準備を始めている頃にmorI mamIからリミックスアルバムの依頼を受け、即答で快諾。
当初ダンサブルな感じにしたいとの意向だったので1st、2ndを聴き返しダンスチューンになりそうな曲をピックアップ。何曲かベーシックが出来た頃にヤマヒロから『オレもリミックスしたいです』と連絡がありました。
今回プロデューサーとなっているのは自分ですが、今までのオリジナル曲のアレンジ、打ち込みをし、この一連の流れを作ってくれた他ならぬヤマヒロにならば、安心して任せられるなと確信しました。
ヤマヒロがいなかったら、自分はmorI mamIに出会っていないだろうし、この機会もなかっただろうと思いまして。
そこからは、全曲を自分でやるんではなく、言わば総監督というニュアンスにシフトして、プロジェクトの全体を見渡しつつも、信頼おける仲間にふるってチョイスを持つようになりました。全曲ミックス&マスタリングをお願いしたG.M.KAZも『オレはどれをリミックスすればイイの?』と嬉しいサプライズもありました。
プロデューサーとしてクリエイティヴコントロールするのは何も音や曲順だけって訳ではなく、 鏡面仕上げのアクリルの半球を惑星に見立てたジャケットのアイデアから衣装のカラーリング、カメラのアングルまで、細部に渡ってこだわり抜きました。
そして当初トータルタイム30分位のミニアルバムくらいのボリュームの予定が、完成してみると50分を超える超大作になりました。
このアルバムでピックアップした曲はmorI mamIの楽曲の中のごく一部ですが、 今までの3枚のアルバムとはまた違った、新たな物語になっていると自負しています。
人と人との『縁』+『Joy』=Enjoy!(ROCK-Tee)
[mo'remix & mamix]
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